母の日スルー罪悪感と、既読がつくまでスマホを伏せていた夜

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花屋の前を通る女性
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母の日の翌朝、花屋のバケツがからっぽだった話

お嬢様

カーネーションを買わなかった月曜日に、私が見つけた小さな罪悪感

母の日の翌日、街は少しだけ「ありがとう」の余韻で湿っていました

5月11日、月曜日の朝です。

ゴールデンウィークが明けて、母の日も終わって、街の空気が少しだけ通常運転に戻っていく日です。昨日までお店の入口で主役みたいに並んでいたカーネーションは、今朝になると少し端のほうへ寄せられていました。

今年の母の日は、正直に言うと、私は何もしませんでした。

LINEで「いつもありがとう」と送ることも、花を贈ることも、実家に電話をすることも、しませんでした。理由はあります。仕事で疲れていたとか、何を贈ればいいかわからなかったとか、母とは少し距離があるとか、言い出せばいくらでも並べられます。でも、どれも本当で、どれも少し言い訳です。

花屋さんの店先には、昨日までたっぷり水を含んでいたであろうバケツが、いくつか重ねられていました。透明だったはずの水は少し濁っていて、花の茎の青い匂いが、朝の湿った風に混じっていました。

誰かが買っていった花。
誰かが買わなかった花。
誰かが渡せた言葉。
誰かが飲み込んだ言葉。

そんなものが、全部バケツの底に沈んでいるように見えたのです。

30代になると、母の日の感じ方が少し変わってきます。子どものころは、似顔絵を描いたり、肩たたき券を作ったりしていました。学生のころは、安いハンカチやコンビニのスイーツでも「まあ、気持ちだから」と笑って渡せました。

でも大人になると、感謝は急に重たくなります。

「ちゃんとしたものを贈らなきゃ」
「こんな年齢なのに、まだ心配をかけている」
「結婚のこと、仕事のこと、将来のこと、聞かれたらどうしよう」

ありがとうを伝えたいだけなのに、その前に自分の人生の棚卸しが始まってしまうのです。

5月11日は、二十四節気でいえば立夏を過ぎたころです。暦の上ではもう夏の入口に立っています。街路樹の緑は濃くなり、日差しはやわらかい春から、少しずつ白く強い初夏の光へ変わっていきます。

季節が次へ進むのは、いつも早いです。

母の日も、過ぎてしまえば一日です。けれど、過ぎたあとに残る気持ちは、意外と長く胸に残ります。

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「贈れなかった私」は、冷たい娘なのかもしれないと思った朝

母の日に何もしなかったことを、人にわざわざ話す人はあまりいません。

「今年は何あげたの?」と聞かれて、「何もしてない」と答えると、少しだけ空気が止まる気がします。相手は責めているわけではないのに、こちらが勝手に小さくなってしまうのです。

私は母のことが嫌いなわけではありません。むしろ、母がいてくれたから今の私があると、頭ではちゃんとわかっています。

けれど、大人になってからの母との距離は、子どものころほど単純ではありません。

電話をすれば、仕事はどうかと聞かれます。体調は大丈夫かと聞かれます。結婚の予定はないのかと、少し遠慮がちに聞かれることもあります。母に悪気はないのです。心配してくれているだけです。

でも、その心配が優しさだとわかっていても、こちらの心に余裕がない日は、胸の奥に小さな棘のように刺さります。

「私はまだ、安心させられる娘になれていない」

そう思うたび、感謝の言葉は喉の手前で止まってしまいます。

母の日のギフト売り場を見るたび、私は少し焦っていました。カーネーション、スイーツ、エプロン、日傘、ハンドクリーム。どれもかわいいし、きっと喜んでもらえるものばかりです。

でも、選べば選ぶほど「これで足りるのかな」と思ってしまいます。長年もらってきたものに対して、数千円のギフトで返すことが急に薄っぺらく感じて、結局何も選べなくなるのです。

感謝は大きすぎると、かえって手のひらに乗らなくなります。

だから、今年の私は何もしませんでした。

でも、花屋の前で立ち止まった数秒間、私はたしかに母のことを考えていました。母が昔、食卓に置いていた湯のみの柄。実家の台所に差し込む午後の光。電話越しの少し高い声。私が帰省すると、必ず冷蔵庫に入れてくれている好きな飲み物。

そういう小さな記憶が、カーネーションより先に胸に咲きました。

贈れなかった私は、冷たい娘なのかもしれない。
でも、思い出して苦しくなるくらいには、ちゃんと大切に思っている娘でもあるのだと思いました。

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びっくりしたのは、母が待っていたのが花ではなく「空の写真」だったことです

その夜、私は母にLINEを送りました。

「昨日、母の日だったのに何もできなくてごめんね。いつもありがとう」

送信ボタンを押すまでに、たぶん五分くらいかかりました。短い文章なのに、何度も消して、何度も打ち直しました。

送ってから、すぐに既読はつきませんでした。

そして、夜の10時過ぎに、ようやく母から返事が来ました。

「ありがとう。花はいいよ。それより今日の空、きれいだった?」

私はその一文を見て、しばらく動けませんでした。

花でも、プレゼントでも、親孝行らしい報告でもありません。母が欲しがっていたのは、私の今日の空でした。

そういえば昔から、母はよく空の話をする人でした。夕焼けがきれいだったとか、雲が羊みたいだったとか、雨上がりの匂いがしたとか。子どものころの私は、そんな話を聞き流していました。

母は、私が立派に生きている証拠より、私が今日ちゃんと空を見上げる余裕を持っているかを知りたかったのかもしれません。

私は慌ててベランダに出ました。夜空はもう暗くて、昼間の空の色は残っていませんでした。それでも、少し湿った初夏の風が頬に当たり、遠くのマンションの明かりがぽつぽつと見えました。

写真を撮って送ろうとしましたが、画面にはただ黒い空とぼんやりした街灯しか写りませんでした。全然映えません。

でも、私はその写真を母に送りました。

「昼の空は見逃したけど、夜の風は気持ちいいよ」

すると母から、すぐに返事が来ました。

「それで十分。元気ならいいです」

その瞬間、私は少し泣きそうになりました。

私はずっと、母の日には何かを贈らなければいけないと思っていました。花を買わなかった私は、何もできなかった娘だと思っていました。でも母が待っていたのは、カーネーションではなく、私の暮らしの一部だったのです。

ちゃんと食べているか。
疲れすぎていないか。
空を見る余裕があるか。

そんな、商品にならないものを、母はずっと気にしていたのです。

母の日の主役は母だと思っていたのに、母の心の中では、いつまでも私のほうが主役だったのです。

ありがとうは、日付指定の荷物ではありません。

心が追いついた日に、そっと届ければいいのです。

花を買わなかった月曜日。
その日、私は何も贈れなかったのではなく、母が本当に見たかったものを、やっとひとつ思い出したのです。


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