予定のない週末に、なぜか罪悪感だけが予定を入れてくる夜

6月5日。
暦の上では、そろそろ「芒種」の頃です。
稲や麦の種をまく季節で、雨の気配が少しずつ濃くなって、空気の中に湿った土の匂いが混じりはじめます。
本当なら、何かを始めるにはいい季節なのかもしれません。
でも、金曜の夜にひとりで部屋に帰ってきた私は、何かを始めるどころか、バッグを床に置いたまま、しばらく動けずにいました。
スマホには、週末の予定を聞いてくる友達のメッセージが一件。
「今週末なにするの?」
たったそれだけの文章なのに、なぜか胸の奥が少しだけ重くなりました。
何も予定がないこと自体は、嫌ではないのです。
むしろ平日はずっと人の顔色を見て、時間に追われて、誰かの返信を待って、気づけば自分の本音を後回しにしているのだから、週末くらい静かにしていたいです。
なのに、「何もない」と答えようとした瞬間、なぜか自分が少しだけ負けた人みたいに思えてしまうのです。
30代になってから、予定のない週末が、ただの休日ではなくなりました。
若い頃は、予定がない日は「寝られる日」でした。
コンビニで好きなお菓子を買って、洗濯物を干して、夕方までパジャマで過ごしても、それはそれで最高でした。
でも今は、同じことをしているだけなのに、頭のどこかで小さな審査員がメガネを上げながら言うのです。
「その過ごし方で、本当に大丈夫ですか」と。
「充実していない私」を、誰に見られている気がするのか
予定がないことよりも苦しいのは、予定がない自分を、なぜか誰かに見られている気がすることです。
実際には、誰も私の週末を採点していません。
土曜日の昼まで寝ていても、誰にも迷惑をかけていません。
夕方にようやく顔を洗っても、地球は普通に回っています。
それなのに、心の中だけが勝手に公開処刑会場みたいになります。
「同年代のあの子は結婚しているのに」
「会社の後輩は副業を始めたのに」
「友達は毎週どこかへ出かけているのに」
「私は、今日も洗濯機を回しただけです」
洗濯機を回しただけ。
でも、よく考えたら、それはかなり偉いことです。
服を洗うということは、来週の自分を少し助けているということです。
部屋の床に落ちていた髪の毛を拾うことも、冷凍ごはんを温めることも、財布のレシートを捨てることも、全部、未来の自分への小さな介護です。
予定を入れない勇気は、意外と大人の美容かもしれません
美容というと、化粧水や美容液や日焼け止めのことを考えます。
もちろん、それも大切です。
でも最近の私は、予定を入れすぎないことも美容なのではないかと思うようになりました。
疲れている顔に、いくらツヤ下地を重ねても、目の奥の電池切れまでは隠せません。
逆に、たっぷり眠って、誰にも気を遣わず、湯船の中でぼんやりした翌朝は、肌の調子が完璧でなくても、顔つきが少し柔らかいです。
これは高級クリームではなく、静けさがくれたツヤなのかもしれません。
6月の空気は、少し不思議です。
梅雨入り前の湿気で髪はまとまりにくいし、気圧のせいで体も重いです。
けれど、道端の紫陽花だけは、雨を待っているみたいに淡々と綺麗です。
人間は雨が降る前に憂うつになりますが、紫陽花は雨の気配で支度を始めます。
その差が、なんだか少し羨ましいです。
最後に、予定のない私を救ったのは、予定ではありませんでした
その週末、私は結局どこにも行きませんでした。
土曜日の午前中に洗濯をして、昼に冷凍うどんを食べて、夕方に近所のスーパーへ行きました。
買ったのは、牛乳と卵と、半額になっていた紫陽花色のゼリーです。
おしゃれな予定ではありません。
誰にも報告するほどのことではありません。
でも、帰り道の空が少しだけ明るくて、私はなぜか泣きそうになりました。
家に帰って、スマホを見ると、例の友達からまたメッセージが来ていました。
「今週末なにしてる?」
私は少し迷ってから、正直に返しました。
「何もしてない。罪悪感と一緒に家にいる」
送ったあと、恥ずかしくなってスマホを伏せました。
数分後、返信が来ました。
「私も。じゃあ同じ予定だね」
その瞬間、予定のない週末が、急にひとりぼっちではなくなりました。
会っていないのに、同じ部屋にいるみたいでした。
お互い別々の場所で、洗濯物をたたんだり、冷蔵庫を開けたり、何度もスマホを見たりしながら、同じ種類の静けさの中にいたのです。
そして私は、びっくりするほど単純なことに気づきました。
私が欲しかったのは、予定ではありませんでした。
誰かに誘われることでも、映える休日でも、充実している証拠でもありませんでした。
ただ、「何もしていない私」を、誰かにそのまま見つけてもらいたかっただけでした。
その夜、私は手帳の土曜日の欄に小さく書きました。
「何もなかった。でも、ちゃんと生きていた」
予定のない週末は、空っぽではありません。
そこには、疲れた自分を取り戻す時間があります。
誰かと比べるのをやめる練習があります。
来週を少しだけ生きやすくする準備があります。
そして、ときどき、同じように静かな夜を過ごしている誰かと、見えない周波数でつながる瞬間があります。
6月の夜は、窓の外が少し湿っています。
明日は雨かもしれません。
でも、雨の前に種をまく季節です。
ならば私も、予定のない週末に、小さな種をまいておきます。
それは、誰にも見せない休息です。
来週の私が、少しだけやさしく芽を出せるようにです。






