美穀菜でダイエットを始めたら、体重より先に「夜の私」が変わりました
「夕食を飲み物にするなんて無理」と思っていた私が、美穀菜を買った夜

7月16日。暦の上では小暑の終わり頃です。
七十二候では「温風至(あつかぜいたる)」と呼ばれる時季で、窓を開けても涼しい風ではなく、少し湿った熱気が部屋に入ってきます。
冷蔵庫を開ける回数まで増える季節です。
冷たい麦茶を飲みたいわけでも、何か特別に食べたいわけでもありません。ただ、冷蔵庫の白い明かりに照らされながら、ぼんやり考え事をしたくなるのです。
その日も私は、仕事から帰ってきてバッグを床に置いたまま、冷蔵庫の前に立っていました。
「今日くらい、好きなものを食べてもいいよね」
そう思ったのですが、よく考えると、昨日も同じことを言っていました。
一昨日も、その前の日もです。
頑張った日はご褒美。
落ち込んだ日は気分転換。
何もなかった日は、退屈を埋めるため。
どんな一日にも食べる理由をつけられる自分の才能に、ちょっと笑ってしまいました。
私は年収300万円で一人暮らしをしています。婚活もしています。
婚活アプリのプロフィール写真を変えるたびに、「もう少し痩せてから撮り直そう」と思います。新しいワンピースを見ても、「今の体型ではなく、少し痩せた未来の私に似合いそう」と考えてしまいます。
その“未来の私”は、もう何年も到着していません。
体重がものすごく増えたわけではありません。でも、昔よりお腹まわりが素直です。食べたものも、運動をさぼった日も、見事なまでに隠してくれません。
夕食を軽くしよう。
そう決めた日の夜に限って、私は冷凍パスタを温め、食後にアイスまで開けます。
そして翌朝、洗面所で自分のお腹をつまみます。
この流れを何度繰り返したでしょうか。
意志が弱い。
自制心がない。
どうして普通にできないのだろう。
誰にも言われていないのに、自分で自分を責めます。
そんなときに見つけたのが、ブルックスの「美穀菜」でした。
公式サイトによると、美穀菜は17種類の国産穀物と10種類の国産野菜を使用したカロリーコントロール食品です。商品ページには、コーヒー由来のポリフェノールであるクロロゲン酸類や、オオバコ種皮由来の食物繊維であるサイリウムが配合されていると紹介されています。
水で作った場合は、1袋約59キロカロリーとされています。
数字だけを見ると、ダイエット中の私には魅力的でした。
でも、最初に浮かんだ本音はこれです。
「夕食が約59キロカロリーって、私のお腹をなめていませんか」
こちらは一日働いているのです。
理不尽なお客さまにも笑顔で接し、返信の遅い婚活相手にも余裕のあるふりをし、スーパーでは値引きシールの貼られる時間まで計算しています。
それなのに、夕食がシェーカー一杯。
そんなの、あまりにも寂しいではありませんか。
美穀菜そのものが嫌なのではありません。
「一食を置き換えれば、きれいになれる」という言葉の裏側に、「普通の夕食を食べたあなたは努力不足です」と言われているような気がして、勝手に身構えてしまったのです。
それでも注文したのは、痩せたかったからというより、このまま毎晩、自分を嫌いになるのをやめたかったからです。
届いた箱を開けた夜、私は美穀菜をシェーカーに入れました。
水だけでは心細く感じたため、最初は牛乳で割りました。よく振ってふたを開けると、穀物らしい香ばしい匂いがしました。
恐る恐る飲んでみると、想像していた「我慢の粉っぽい味」ではありませんでした。
もちろん、豪華な夕食の代わりになる魔法の飲み物でもありません。
でも、少なくとも罰ゲームではありませんでした。
そこで少し安心した私は、その日の夕食を美穀菜だけで終わらせました。
一時間後、事件は起きました。
お腹がすいて、冷蔵庫のチーズを食べました。
さらにクラッカーを食べ、最後にはチョコレートまで食べました。
結果、美穀菜を飲まなかった日より、たくさん食べていました。
私はシェーカーを洗いながら思いました。
ダイエット初日から、才能がありすぎるほど失敗している、と。
美穀菜だけで耐えるのをやめたら、ダイエットがようやく現実になりました
翌日から、私は美穀菜の使い方を変えました。
「これだけで夕食を終わらせる」というルールを捨てたのです。
代わりに、帰宅直後に美穀菜を飲み、そのあと少し時間を置いてから、足りなければ普通に食事をすることにしました。
冷ややっこ、ゆで卵、野菜の入ったスープ、焼いた魚、小さめのおにぎり。
美穀菜は食事を消すものではなく、空腹で理性をなくす前に、一度立ち止まるための存在にしました。
私が太りやすかった理由は、夕食の量だけではありませんでした。
帰宅した時点で空腹が限界になっていたのです。
お昼を軽く済ませ、夕方まで仕事を頑張り、帰り道では「家に着いたら何を食べよう」と考え続けます。
部屋に入った瞬間には、料理をする余裕など残っていません。
サラダを作る前にパンをかじり、お湯が沸く前にお菓子を開け、夕食が完成した頃にはすでに一食分ほど食べています。
それでも、完成した食事は別腹のように食べます。
そして満腹になったあとで、ようやく罪悪感が追いついてきます。
私に必要だったのは「食べない強さ」ではありませんでした。
空腹で壊れる前に、自分を助ける段取りだったのです。
そこで、美穀菜を午後4時から6時頃の“夕食前のクッション”として取り入れる日も作りました。
甘いものが欲しい日は牛乳や無調整豆乳で割り、さっぱり飲みたい日は水で作ります。ただし、牛乳や豆乳で割れば、その分のエネルギーは加わります。
私は、そこを都合よく無視しないことにしました。
かといって、1キロカロリー単位で計算もしません。
数字に厳しくなりすぎると、食事が生活ではなく採点になります。
朝は合格。
昼はぎりぎり合格。
夜にクッキーを食べたから不合格。
そんなふうに一日を採点すると、クッキー一枚で「今日はもう終わった」と感じ、残りの袋まで食べてしまいます。
一枚食べただけなのに、なぜか一日全部を台なしにした気持ちになるのです。
でも、本当は違います。
一枚は一枚です。
夕食を多めに食べた夜も、ただ夕食を多めに食べただけです。
人生もダイエットも、そこで終了にはなりません。
美穀菜を取り入れてから、私は「置き換え」という言葉にも少し慎重になりました。
一食を低カロリーなものに置き換えれば、その食事のエネルギーを抑えやすくなるのは自然なことです。しかし、美穀菜を飲んだから自動的に脂肪が減るわけではありません。
あとで空腹になり、別のものをたくさん食べれば、当然ながら帳尻は変わります。
逆に、美穀菜だけで無理に我慢し続けるのも、私には合いませんでした。
特に今は真夏です。
暑さで食欲が落ちると、「食べなくて済むから痩せられる」と喜びたくなることがあります。でも、夏は汗をかき、体内の水分や塩分のバランスが崩れやすい季節です。
厚生労働省も、熱中症予防では水分や塩分だけでなく、睡眠や食事も大切だと呼びかけています。
美穀菜を飲んだから、水分補給も食事も十分ということにはなりません。
とくに、暑い場所で働く日、運動する日、体調がすぐれない日まで、無理に一食を軽くする必要はないと思っています。
月経前で強い食欲がある日も同じです。
「昨日はできたのに」と自分を責めるより、今日は身体が何を求めているのかを考えます。
たんぱく質は足りているか。
水分は取れているか。
疲れているだけではないか。
本当は眠いのに、甘いもので無理やり元気を出そうとしていないか。
美穀菜を飲む時間は、体重を減らすためだけでなく、自分の状態を確認する短い休憩になりました。
それでも、飲み始めてすぐに劇的な変化があったわけではありません。
数日でウエストが細くなったり、体重計の数字が一直線に下がったりはしませんでした。
むしろ、塩分の多い食事をした翌朝には体重が増えました。
月経前にも増えました。
便通や水分量でも数字は動きます。
そのたびに落ち込みましたが、以前のように食事を抜いて帳尻を合わせるのはやめました。
一日単位で自分を裁かず、少し長い目で見ることにしたのです。
体重計に乗ったあと、数字の横に「昨日できたこと」を一つ書きました。
夕食前のお菓子を袋のまま食べなかった。
駅でエスカレーターではなく階段を使った。
夜更かしをしなかった。
美穀菜を飲んだあと、本当にお腹がすいているか少し待てた。
どれも地味です。
SNS映えもしません。
けれど、身体はこういう地味なことの積み重ねでしか変わらないのだと思います。
婚活写真のために痩せたかった私が、最後に美穀菜を「やめた」理由
ここから、少し恥ずかしい話をします。
美穀菜を取り入れてしばらくたった頃、婚活アプリで知り合った男性と会う予定が決まりました。
写真より太って見えたらどうしよう。
がっかりされたらどうしよう。
その不安から、私は会う三日前、急に焦り始めました。
夕食を美穀菜だけにして、お昼もできるだけ軽くしました。
少しでも顔をすっきり見せたかったのです。
ところが前日の夜、強い空腹に耐えられなくなりました。
私はコンビニへ行き、パスタ、ポテトサラダ、シュークリーム、チョコレートを買いました。
帰宅すると、ほとんど味わわずに食べました。
お腹が苦しくなってから、ようやく手が止まりました。
鏡を見ると、痩せるどころか、泣いたせいでまぶたまで腫れていました。
私は床に座り込んで、空になった容器を眺めました。
そこで初めて気づいたのです。
私は美穀菜で痩せようとしていたのではありません。
明日会う人に「選ばれるため」に、自分を小さくしようとしていました。
食欲も、小さく。
身体も、小さく。
自信のなさも、できれば見えないくらい小さく。
そして、「この体型のままでは愛されない」という怖さまで、シェーカーの中に押し込もうとしていました。
そんなこと、美穀菜にできるはずがありません。
美穀菜は食品です。
私の自己肯定感を修理する道具でも、婚活を成功させる魔法でもありません。
なのに私は、体重が減らない焦りも、恋愛がうまくいかない不安も、全部ひとつの商品に背負わせていました。
その夜、私は美穀菜ダイエットをやめました。
正確に言うと、美穀菜を飲むのをやめたのではありません。
「これを飲んだ私は偉い」「普通に食べた私はだめ」という使い方をやめました。
そして翌日の待ち合わせ前、私はカフェでサンドイッチを食べました。
顔がむくむかもしれない。
お腹が少し出て見えるかもしれない。
それでも、空腹で機嫌の悪い私より、ちゃんと食べて笑える私で会いたいと思ったのです。
待ち合わせに現れた男性は、写真より少し背が低く見えました。
私もきっと、写真より少し丸く見えたでしょう。
お互いさまです。
会話は思ったほど盛り上がりませんでした。
次の約束もありませんでした。
ここまで読んでくださった方は、「でも最後には素敵な恋が始まったのでしょう」と期待したかもしれません。
始まりませんでした。
その人とは、それきりです。
でも帰り道、私は不思議なくらい落ち込んでいませんでした。
選ばれなかったことより、選ばれるために自分を空腹にしなかったことのほうが、私には大きかったのです。
そして、その日の夜。
家に帰った私は、美穀菜を飲みませんでした。
代わりに、冷蔵庫にあった豚肉と野菜を炒め、ごはんと一緒に食べました。
「ダイエット記事なのに、最後に普通の夕食を食べるの?」
そう思われるかもしれません。
でも、これが私の美穀菜ダイエットで起きた、いちばん大きな変化です。
痩せるために夕食を消すのではなく、自分を雑に扱わないために食べ方を選ぶ。
美穀菜を飲む日があってもいい。
普通のごはんを食べる日もあっていい。
お腹がすいているなら、追加で食べてもいい。
大切なのは、美穀菜を飲んだ回数ではありません。
飲むたびに、自分へどんな言葉をかけているかです。
「今日も食欲に勝った」
ではなく、
「今日も自分の身体を置き去りにしなかった」
そう言えるほうが、私は好きです。
ダイエットは、身体を嫌って始めると、どこまで痩せても終わりません。
あと2キロ。
顔をもう少し。
脚をもう少し。
もっと若く、もっと細く、もっと好かれる私へ。
ゴールは遠ざかるばかりです。
だから私は、美穀菜で体重だけを減らすことより、美穀菜を飲まなかった夜にも自分を責めないことを選びました。
これでは商品の成功談になっていないかもしれません。
けれど、私にとっての成功は、シェーカー一杯で空腹を押し殺せたことではありませんでした。
夕食を食べた自分に、翌朝まで罰を与えなくなったことです。
今でも、美穀菜を飲む日はあります。
忙しい朝。
夕食まで時間が空く夕方。
甘いものへ一直線に向かいそうなとき。
でも、それだけで食事を終わらせるかどうかは、その日の身体に聞きます。
答えは毎日違います。
その面倒くささごと、自分の身体なのだと思います。
今年の夏は、細くなることだけを目標にしません。
暑い日にきちんと水を飲むこと。
疲れたら休むこと。
必要な食事を取ること。
鏡の前でお腹をつまんでも、ひどい言葉を投げないこと。
そして、好きな服を「痩せたら」ではなく、できるだけ今の私で着ること。
美穀菜でダイエットを始めた私が最後に手に入れたのは、食べない技術ではありませんでした。
食べても、自分を嫌いにならない練習でした。
それは体重計には表示されません。
けれど、夜の冷蔵庫の前で泣かなくなった私には、数字よりずっと大きな変化でした。





※本記事は個人の考えを交えたエッセイです。美穀菜は医薬品ではなく、飲むだけで減量を保証するものではありません。食物アレルギーのある方、妊娠・授乳中の方、持病や服薬のある方、体調に不安がある方は、原材料表示を確認し、必要に応じて医師や管理栄養士などへ相談してください。
参考サイト:

