「ちゃんと食べる」ことさえ面倒になった夜、デリズが運んできたもの

金曜日の夜、21時47分。
エアコンの設定温度は27度なのに、部屋の空気はまだ少し生ぬるく、脱いだパンプスの跡が足の甲にくっきり残っていました。
帰宅して最初にしたことは、メイクを落とすことでも、ブラジャーを外すことでもありません。
冷蔵庫を開けることでした。
卵が一つ。
賞味期限が心配な豆腐が半分。
いつ買ったのか思い出せないチューブのしょうが。
そして、野菜室の隅でしんなりしている大葉。
食べ物はあるのです。
でも、料理をする力がありませんでした。
包丁を握って、まな板を洗って、フライパンを出して、食べ終わったら油のついたお皿を洗う。その一連の流れを想像しただけで、今日一日なんとか保っていた心の電源が、ぷつんと落ちそうでした。
それでも私は、すぐにはフードデリバリーを頼めませんでした。
年収300万円の一人暮らしです。
1,500円の夕食は、私にとって「まあいいか」で済ませられる金額ではありません。スーパーなら数日分の食材が買えます。卵も値上がりしているし、電気代だって気になります。
何より、頭の中で“きちんとした女性”が怒るのです。
「冷蔵庫に食材があるでしょう」
「そのくらい作りなさいよ」
「だからお金が貯まらないのよ」
この声の持ち主が誰なのかは、分かりません。
母でも、元恋人でも、節約上手な友人でもありません。たぶん、これまでに見聞きした“女性はこうあるべき”を、私自身が寄せ集めて作った架空の生活指導員です。
今日は2026年7月17日。
七十二候では「鷹乃学習(たかすなわちわざをならう)」の頃です。春に生まれた鷹の子が、飛び方や狩り方を覚え、少しずつ巣立ちの準備を始める時期だとされています。
鷹の子は飛ぶ練習をしているのに、私は夕飯を決められず、冷蔵庫の前で立ち尽くしていました。
でも、もしかすると大人にも練習が必要なのかもしれません。
頑張る練習ではなく、今日は無理だと認める練習です。
デリズの画面に並んでいたのは、料理よりも「決めていい自由」でした
私がその夜に開いたのは、フードデリバリー専門サービスの「デリズ」でした。
デリズの公式サイトを見ると、オムライス、ステーキ、中華、唐揚げ、カレー、うどん、つけ麺、たこ焼き、うなぎなど、ひとつのジャンルに収まりきらない専門店メニューが並んでいます。
レストランを一軒ずつ探すというより、巨大なフードコートをスマホの中に開いたような感覚でした。
私は最初、ふわとろのオムライスに心を奪われました。
疲れた日の卵料理は、味以上に「大丈夫ですよ」と言ってくれる見た目をしています。黄色い卵に包まれているだけで、こちらまで保護されたような気分になります。
ところが次の瞬間には、辛い麺が気になりました。
今日、職場で言い返せなかったひと言。
婚活アプリで突然途切れた返信。
美容院で鏡に映った、思っていたより疲れている自分の顔。
そういう小さな怒りを、辛さで燃やしてしまいたくなったのです。
さらに画面を進むと、唐揚げもあります。ローストビーフもあります。普段の私なら「夜にそんなものを食べたら太る」と避けるような、ずっしりしたメニューです。
選択肢が多いと迷います。
けれど、その夜の迷いは不思議と苦しくありませんでした。
昼間の私は、ずっと誰かの希望に合わせていました。
急ぎの仕事を先にする。
話の長い人にも笑顔で対応する。
婚活相手には重いと思われない文章を選ぶ。
友人の幸せな報告には、心のざわつきを隠して「おめでとう」と送る。
そんな一日の最後に、ようやく「私は今、何が食べたいのですか」と聞かれた気がしたのです。
デリズは、ひとつの厨房から複数の専門店風メニューを展開しているところが特徴です。掲載メニューや営業時間、利用できる配達エリアは店舗や住所によって変わるため、注文前の確認は必要です。2026年7月現在も営業時間変更などのお知らせが公式サイトに随時掲載されています。
便利だからといって、何も考えず頼めるわけではありません。
価格も見ます。
配達可能時間も見ます。
明日の予定も考えます。
それでも最後に決めるのは、「今夜の私が少し元気になるかどうか」でした。
私は、こってりした丼と小さなサイドメニューを選びました。
栄養バランスは満点ではありません。
映える食卓でもありません。
丁寧な暮らしの動画には、たぶん登場しません。
でも、その日の私には必要な夕食でした。
フードデリバリー代は、料理ではなく「自分を責めない時間」に払っていました

注文を確定したあと、私は急に不安になりました。
また無駄遣いをしてしまったのではないか。
家計簿アプリに入力したら、赤い警告マークが出るのではないか。
結婚相談所のプロフィールに「得意料理は家庭料理です」と書ける女性のほうが、きっと選ばれるのではないか。
30代になると、食事一回にも人生がまとわりつきます。
20代の頃なら「今日はデリバリーにしよう」で終わったのに、今は健康、体形、貯金、結婚生活、将来の妊娠、生活力まで一気に考えてしまいます。
たかが夕飯なのに、面接を受けている気分です。
でも、料理の負担を感じているのは私だけではありません。
2025年に22~37歳の一人暮らし経験者を対象として行われた調査では、一人暮らしで最も不安かつ大変だったこととして「料理」を挙げた人が43.5%いました。料理が大変だと答えた人のうち、72.8%が自炊そのものを、66.2%が毎食用意することを負担に感じています。そして、負担を軽くする方法として52.7%がデリバリーを利用していました。
つまり、私が弱いから夕飯を作れないわけではなかったのです。
一人分の食事を毎日用意することは、想像以上に細かい判断の連続です。
献立を考える。
在庫を確認する。
買い物へ行く。
予算を計算する。
傷みやすい食材から使う。
栄養を考える。
調理する。
片づける。
しかも、一人暮らしには「誰かがおいしいと言ってくれる」という報酬がありません。
自分で作り、自分で食べ、自分で皿を洗います。失敗しても一人。うまくできても一人です。
キユーピーが2024年に一人暮らしの20~59歳、1,500人を対象に実施した食生活調査でも、食事メニューで重視する点の最多は「手間がかからないこと」でした。また、生鮮食品から作ることだけを手作りと考えないなど、“手作り”の感覚そのものが柔軟になっていることも報告されています。
女性だから料理をする。
大人だから毎日自炊する。
健康を気遣うなら、疲れていても野菜を切る。
そんな決まりは、最初からどこにもありませんでした。
フードデリバリーを利用する目的についての別の調査では、「料理をするのが面倒」が29.6%で最多でした。「食事のために出かけるのが面倒」「忙しくて準備できない」といった理由も上位に入っています。
“面倒”という言葉は、少し乱暴に聞こえます。
けれど、面倒の中身を丁寧に開いてみれば、そこには仕事の疲れや、誰にも言えなかった怒りや、将来への不安や、ひとりで暮らしを回し続ける重さが詰まっています。
私は料理をさぼりたかったのではありません。
これ以上、自分を働かせたくなかったのです。
その違いに気づいたら、注文金額への罪悪感が少し薄くなりました。
もちろん、毎日頼めば家計を圧迫します。デリバリーなら何でも自分への投資になる、という話でもありません。
私が決めたのは、回数ではなく条件です。
「もう一品作るくらいなら泣きそうな夜」
「空腹なのに、何を食べたいか分からなくなった夜」
「コンビニへ行くための着替えさえ重い夜」
そんな日にだけ、利用してもいいことにしました。
週何回、月何円と厳しく管理するより、自分の心が赤信号を出している日に使うほうが、私には合っていました。
節約は、自分を罰するためにするものではありません。
明日の自分を助けるためにするものです。
それなら、ときどき今日の自分を助けるお金があってもいいはずです。
届いた料理を二人分並べた夜、玄関の向こうには誰もいませんでした
インターホンが鳴ったのは、注文からしばらく経った頃でした。
私は部屋着の上に薄いカーディガンを羽織り、髪を手ぐしで整えて玄関へ向かいました。
料理を受け取り、袋をテーブルに置きます。
温かい匂いが広がった瞬間、さっきまで生活感しかなかったワンルームが、急に「今日も一日を終えていい場所」に変わりました。
袋から容器を出すと、注文した丼が二つ入っていました。
一瞬、間違えて二人分注文したのかと思い、スマホの注文履歴を確認しました。
間違いではありません。
私は最初から二つ注文していました。
ここまで読んだ方は、誰かが来るのだと思ったかもしれません。
婚活中の男性でしょうか。
仕事帰りの友人でしょうか。
秘密の恋人でしょうか。
でも、玄関の向こうには誰もいませんでした。
二つ目の料理は、明日の私のために頼んだものでした。
翌朝、もう一度自炊をさぼるためではありません。
明日の私を、今日の私とは別の人として扱ってみたかったのです。
私たちはよく、「未来の自分に頑張ってもらおう」と考えます。
洗濯物は明日の私が畳む。
返信は明日の私がする。
部屋の片づけは週末の私がする。
疲れも機嫌も、眠れば明日の私が何とかしてくれる。
未来の自分を、無料で働いてくれる家政婦のように扱っています。
だから一度くらい、逆のことをしてみたかったのです。
明日の私が少し楽になるように、今日の私が温かい食事を用意しておく。
容器を冷蔵庫へ入れたとき、胸の奥が妙に熱くなりました。
私はずっと、誰かに大切にされたいと思っていました。
婚活アプリを開いては、誠実な人を探しました。
疲れた顔を見て「今日は休んでいいよ」と言ってくれる人を想像しました。
一人分では多すぎる料理を分け合える相手がほしいと思っていました。
その気持ちは、今もあります。
強がって、一人で十分だとは言いません。
誰かと生きたいです。
誰かに「おかえり」と言ってほしい夜もあります。
でも、その誰かが現れるまで、私は自分を雑に扱っていいわけではありません。
二人分のデリバリーのうち、一つは今夜の私へ。
もう一つは、まだ会ったことのない明日の私へ。
恋人ではありません。
家族でもありません。
それでも確かに、私の暮らしの中には、守ってあげたい人がいました。
翌日の昼、私は冷蔵庫から容器を取り出しました。
少し形が崩れ、昨夜ほどの華やかさはありません。それでも蓋を開けたとき、昨日の自分から置き手紙をもらったような気がしました。
「昨日は、よく頑張りましたね」
「今日は、最初から少し休んでいいですよ」
そんな言葉が、湯気の代わりに立ち上ってきました。
7月17日の「鷹乃学習」は、鷹の子が飛び方を覚える頃です。
私はまだ、自分を大切にする方法が上手ではありません。
使うべきお金と我慢すべきお金の区別も、頑張る日と休む日の境目も、ときどき分からなくなります。
それでも、うまく飛べないまま羽を動かすように、少しずつ覚えていけばいいのだと思います。
デリズが届けてくれたのは、豪華な夕食だけではありませんでした。
「疲れた自分に食事を用意するのも、立派な生活です」という、小さな許可でした。
自炊できなかった夜を、敗北にしなくてもいい。
一人で食べる夕飯を、余り物で済ませなくてもいい。
誰にも見られていないからこそ、自分に少し優しくしてもいい。
私が二人分の料理を並べたあの夜、部屋には確かに一人しかいませんでした。
でも私は、もう孤独ではありませんでした。
ようやく私自身が、私の味方になっていたからです。





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参考サイト

