ホットヨガで痩せない私を嫌いになった日、桃を食べて初めて自分を許せた

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ホットヨガに行けない日の罪悪感
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「汗をかけばきれいになれる」という思い込みの裏側にある、誰にも見せたくない焦りをテーマにしました。安全面に関する部分は、公的機関などの情報を踏まえています。

目次

ホットヨガで流したかったのは、脂肪ではなく「何者にもなれていない焦り」でした

ホットヨガに行けない日の癒し

ベランダに出ただけで、肌に薄いラップを巻かれたような湿気を感じます。

こんなに外が暑いのに、私はわざわざ仕事帰りに、さらに暑い部屋へ向かっていました。

ホットヨガのスタジオです。

室温の高いスタジオで汗を流し、呼吸を整え、最後は仰向けになって目を閉じます。

それだけ聞けば、とても丁寧な暮らしをしている女性のようです。

実際、SNSに載せるなら、きっとそう見えます。

淡い色のヨガウェア。

透明なボトルに入った水。

レッスン後の少し赤くなった頬。

「今日も自分を整えられた」という短い言葉。

けれど、誰にも見せていない本当の私は、それほどきれいではありませんでした。

私は自分を整えるためではなく、自分を罰するためにホットヨガへ通っていたのです。

汗をかいた量で、その日の自分を許そうとしていました

ホットヨガを始めた理由を聞かれたら、私はいつも「運動不足が気になって」と答えていました。

もちろん、それも嘘ではありません。

在宅で文章を書く時間が増え、気づけば一日の歩数が二千歩にも届かない日がありました。

鏡を見ると、以前より少し丸くなった輪郭が気になります。デニムをはいたとき、お腹のあたりに小さな違和感もありました。

婚活で会った男性が、悪気なく昔の写真を見て言いました。

「この頃、すごく細かったんですね」

褒めたつもりだったのだと思います。

けれど、その言葉は、帰宅してからも小さな針のように残りました。

“今は違うんだ”

“今の私は、少し残念なんだ”

相手はそんなことまで言っていません。

それでも、自分の中にすでにあった不安と結びつくと、たった一言が勝手に育ってしまいます。

翌週、私はホットヨガの体験レッスンを予約しました。

最初のレッスンでは、開始して十分もしないうちに汗が額から落ちました。

首を伝い、鎖骨にたまり、背中のウェアが肌に張りつきました。

息は苦しく、ポーズもよく分からず、インストラクターの「無理をしないでください」という声さえ遠くに聞こえました。

それなのに、不思議と嬉しかったのです。

こんなに汗をかいた。

こんなに苦しい時間に耐えた。

だから今日は、お菓子を食べてしまった自分も、仕事を途中で投げ出した自分も、婚活アプリの返信を三日放置している自分も、少しくらい許していい。

私は汗を、努力の領収書のように扱い始めました。

レッスン後にタオルが重くなっていると安心しました。

ウェアが絞れそうなくらい濡れていると、今日の私は怠けていなかったと思えました。

体重計の数字が変わらなくても、「これだけ汗をかいたのだから意味はある」と、自分に言い聞かせられました。

けれど、汗の量と脂肪が減った量は同じではありません。

頭では分かっていました。

それでも私は、目に見える何かが欲しかったのです。

三十代になってから、努力の結果がすぐには見えないことが増えました。

仕事を頑張っても、年収は簡単には上がりません。

肌を丁寧に手入れしても、昨日までなかった小じわを見つける朝があります。

婚活で誠実に向き合っても、好きになった人から選ばれるとは限りません。

文章を書き続けても、読まれない日はあります。

頑張っているのに、人生から「合格」と書かれた紙を渡してもらえない。

だから私は、汗だけでも欲しかったのです。

床に落ちる汗を見るたび、「あなたは今日、ちゃんと頑張りました」と言われている気がしました。

ただ、その安心はスタジオを出るまでしか続きませんでした。

シャワーを浴びたあと、急にひとりへ戻る時間が苦手でした

レッスンが終わると、照明が少し明るくなります。

さっきまで全員で同じ方向を向き、同じ呼吸をしていたのに、終了の挨拶と同時に、それぞれの生活へ戻っていきます。

急いでシャワールームへ向かう人。

鏡の前で手際よく髪を乾かす人。

友人と楽しそうに次の予約を確認する人。

私は、ぼんやりと最後のほうを歩きます。

運動後なのだから爽快なはずなのに、胸の奥だけが妙に冷えていました。

シャワーを浴びると、頑張った証拠だった汗は、あっけなく排水口へ流れていきます。

赤かった頬も落ち着き、濡れた髪のまま鏡を見ると、そこにはいつもの私がいます。

劇的に細くなったわけでもありません。

将来が決まったわけでもありません。

好きな人から連絡が来たわけでもありません。

ブログのアクセス数が増えたわけでもありません。

一時間あれほど必死に耐えたのに、人生の問題はロッカーの中で、そのまま待っていました。

帰り道、私はコンビニへ寄ることがよくありました。

本当は水だけを買うつもりなのに、冷たいカフェラテや、クリームの入った小さなパンも手に取ります。

「今日は運動したから」

そう言いながら食べるのですが、半分を過ぎた頃から後悔が始まります。

せっかく汗をかいたのに。

また帳消しにしてしまった。

意志が弱い。

だから変われない。

ホットヨガへ行く前より、行ったあとのほうが自分に厳しくなっている夜さえありました。

自分を大切にするために始めたはずなのに、自分を採点する項目が一つ増えただけでした。

行けた日は丸。

行けなかった日はバツ。

最後までポーズを取れた日は丸。

途中で休んだ日はバツ。

帰宅後にサラダを食べた日は丸。

アイスを食べた日は、大きなバツ。

誰にも頼まれていないのに、私は毎晩、自分の答案用紙に赤いペンを走らせていました。

ある日、仕事が長引き、予約していたレッスンに間に合わなくなりました。

キャンセルの操作をした瞬間、心の中に最初に浮かんだのは残念という気持ちではありません。

「今日の私は、何もしていない」

でした。

朝から仕事をしていました。

洗濯もしました。

苦手な連絡にも返信しました。

記事の構成を考え、夕食も自分で作りました。

それなのに、ホットヨガへ行けなかったというだけで、その日の全部をゼロにしてしまったのです。

そのとき、やっと少し怖くなりました。

私は体を動かしたいのではなく、苦しいことをしなければ自分を認められなくなっているのかもしれない。

ホットヨガは一般に高温多湿の環境で行われます。スタジオによって異なりますが、室温三十五〜四十度前後、湿度五十〜六十五%前後が目安とされる場合もあります。高温環境では脱水や熱中症への注意が必要で、体調に異変を感じたら無理をせず中止し、涼しい場所で休むことが大切です。(国消センター)

けれど、私が無視していた異変は、めまいや頭痛だけではありませんでした。

「休んだ自分を許せない」

それもまた、見逃してはいけない心のサインだったのです。

私がホットヨガをやめようとした夜、インストラクターが泣いていました

七月のある夜、私は退会届を出すつもりでスタジオへ行きました。

外はまだ明るく、夕立のあとの道路が、街灯をぼんやり映していました。

蝉の声に混じって、遠くで雷が鳴っていました。

受付で退会について聞こうとしたのですが、担当してくれたのは、いつも笑顔のインストラクターでした。

姿勢がきれいで、肌もつややかで、声まで整っている女性です。

私から見れば、彼女は「自分を管理できる人」の象徴でした。

私は少し言い訳をするように話しました。

仕事が忙しくなったこと。

夏は通うだけで疲れてしまうこと。

思ったほど体重が変わらなかったこと。

もっと自宅でできる運動を探したいこと。

彼女はうなずきながら聞いてくれました。

そして、手続きを始める前に、こう言いました。

「最近、レッスン中の顔が少しつらそうでした」

恥ずかしくなり、私は笑ってごまかしました。

「体が硬いから、必死なんです」

すると彼女は、しばらく黙ったあと、思いがけないことを話し始めました。

「私も以前、毎日運動しないと不安になる時期があったんです」

私は驚きました。

彼女のような人に、不安という言葉は似合わないと思っていたからです。

「休むと太る気がして、食べたら動かないといけないと思っていました。お客様には無理をしないでと言いながら、自分には一度も言えなかったんです」

そう話したあと、彼女は少し笑いました。

けれど、その目には涙がたまっていました。

私は何も言えませんでした。

きれいに見える人は、きれいに生きられている。

整って見える人は、心まで整っている。

勝手にそう思っていました。

でも、本当は違いました。

汗だくになりながらポーズを取っていたあの部屋には、痩せたい人だけがいたのではありません。

恋人に振られた人。

仕事で自信をなくした人。

家に帰りたくない人。

年齢を重ねることが怖い人。

食べた自分を許せない人。

何か一つでも達成してからでなければ、眠ってはいけない気がする人。

それぞれが誰にも言えないものを、タオルの下に隠していたのです。

私は退会届を前にして、初めて正直に言いました。

「私、痩せたいというより、何もしない自分が怖かったみたいです」

声に出した瞬間、涙が落ちました。

泣く予定などありませんでした。

泣くほどの出来事でもないと思っていました。

ただ、ずっと言葉にならなかったものが、やっと外へ出たのです。

インストラクターは、退会を引き止めませんでした。

代わりに、こう言いました。

「やめてもいいですし、回数を減らしてもいいです。途中で座ってもいいです。運動は、自分を嫌うためにするものではないですから」

結局、私は退会しませんでした。

ここまでなら、「自分に合ったペースで続けることにしました」という、少しきれいな話で終われます。

でも、本当の結末は違います。

次の予約日、私はスタジオへ行きませんでした。

キャンセルもせず、時間ぎりぎりまで迷い、最終的には部屋の床に座っていました。

ヨガマットの代わりに、冷房の効いた自宅のラグの上で、買ってきた桃を食べました。

ストレッチもしませんでした。

美容に良い食べ方も調べませんでした。

桃の汁を指につけたまま、ぼんやりテレビを見ました。

そして、その夜は自分にバツをつけませんでした。

これが、私にとって初めて成功したホットヨガだったのかもしれません。

汗もかいていません。

カロリーもほとんど消費していません。

ポーズも一つも取っていません。

それでも、浅くなっていた呼吸が、少しだけ深くなりました。

私がホットヨガで学びたかったのは、体を曲げる方法ではなかったのです。

休んだ自分を見捨てない方法でした。

努力できる日は、努力すればいい。

動ける日は、動けばいい。

汗を流したあとに感じる爽快感も、本物です。

けれど、苦しんだ量で自分の価値を決めなくてもいいのです。

レッスン中は、開始前から終了後まで水分を一度にではなく分けて取り、頭痛やめまい、動悸、強いだるさなどがあれば、無理をしないことが大切です。暑い時期は、屋外だけでなく高温の室内でも水分を失いやすいため、とくに注意が必要です。(ホットヨガスタジオ loIve(ロイブ))

そしてもう一つ、覚えておきたいことがあります。

体が「休みたい」と言ったときだけではありません。

心が「今日は証明したくない」と言ったときも、休んでいいのです。

七月の夜は、昼間に抱え込んだ熱をなかなか手放してくれません。

私たちの心も、よく似ています。

仕事で言われた一言。

返ってこないメッセージ。

鏡の中で見つけた変化。

友人の結婚報告を喜びきれなかった罪悪感。

昼間は笑ってやり過ごしたものが、夜になるとじわじわ熱を持ち始めます。

そんな日に、さらに自分を追い込まなくてもいいのです。

水を飲んで、冷房をつけて、化粧を落として、桃でもアイスでも好きなものを食べてください。

今日一日を立派に終わらせなくても、眠っていいのです。

汗をかかなかった日にも、あなたの体はあなたを生かしています。

何も達成できなかったと思う夜にも、心臓は休まず動いています。

それだけで十分だと言い切るには、私はまだ少し勇気が足りません。

でも、少なくとも今夜くらいは、十分だったことにしてもいいと思っています。

明日、また頑張れるかどうかは分かりません。

頑張れないかもしれません。

それでも、明日の自分を今日から嫌っておく必要はありません。

私たちは、変わらなければ愛されない存在ではないのです。

汗で流すべきだったのは脂肪でも、昨日食べたケーキの罪悪感でもありませんでした。

「頑張れない私は価値がない」という、いつの間にか自分で作ってしまったルールでした。

あの夜、私はホットヨガへ行かなかったことで、初めて自分のところへ帰れたのです。

【参考サイト】

・国民生活センター「ホットヨガによる体調不良について」(国消センター)
・厚生労働省「熱中症関連情報」(厚生労働省)
・日本高血圧学会「夏の日常生活における水分と塩分の摂取について」(日本高血圧学会)
・ホットヨガスタジオloIve「ホットヨガはやめた方がいい?合わない人・避けたいケース」(ホットヨガスタジオ loIve(ロイブ))
・ホットヨガスタジオloIve「ホットヨガの温度・湿度の目安」(ホットヨガスタジオ loIve(ロイブ))

【ブログ本文の文字数】

約5,500文字(見出し・参考サイト表記を含む概算)

ホットヨガに行けない日の罪悪感

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