女友達のインスタをミュートした夜|結婚報告を見るのがつらい私を救った大人の距離感

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ミュートの夜、祝福の影
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友達の幸せだけをミュートした夜、私は自分の性格が悪くなったと思いました

庭カフェで、笑顔の再会

2026年7月22日。夏の土用に入り、明日は二十四節気の「大暑」です。

窓を開けても涼しい風は入ってこなくて、網戸の向こうから、少し疲れた蝉の声だけが聞こえてきます。

冷蔵庫から麦茶を取り出し、エアコンの設定温度を一度だけ下げました。暑かったからではありません。

スマホの画面に、友達の結婚報告が表示されたからです。

白いドレス。海の見える式場。幸せそうに肩を寄せる二人。

そこに添えられていたのは、「大好きな人と家族になりました」という、何も悪くない言葉でした。

私はすぐにハートを押しました。

「おめでとう!きれいすぎる。末永くお幸せに」

絵文字も三つ付けました。

送信した瞬間、自分がとても良い友達に見えました。

ところが、その投稿を閉じたあと、なぜか胸の奥が重くなりました。

私は彼女の幸せを喜べないほど、性格の悪い人間になってしまったのでしょうか。

そんなことを考えながら、私は彼女のアカウントを、そっとミュートしました。

フォローは外しません。嫌いにもなっていません。

ただ、今の私には、彼女の幸せがまぶしすぎたのです。

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「おめでとう」と言った直後に落ち込む自分が、一番嫌でした

彼女とは20代の頃からの友達です。

安い居酒屋で終電まで恋愛相談をして、仕事を辞めたいと泣いた夜には、コンビニのプリンを買ってきてくれました。

私が美容業界で働いていた頃、理不尽なお客様にきつい言葉をぶつけられ、休憩室でひとり泣いたことがあります。

その夜、彼女に電話をすると、

「今日はもう、自分を責める会議を閉会しなさい」

と笑わせてくれました。

そんな彼女だから、本当は心から祝いたかったのです。

それなのに、スマホの中に並ぶ彼女の新婚生活を見るたび、私は自分の人生と比べてしまいました。

休日の朝食。

二人分のコーヒー。

おそろいのスニーカー。

新しい名字が書かれた郵便物。

彼女が投稿するのは、暮らしのほんの一部分だと分かっています。夫婦にも苦労があり、画面には映らないケンカや不安があるのでしょう。

分かっています。

そんなことは、頭では嫌というほど分かっています。

でも、分かることと、傷つかないことは別でした。

私の部屋には、洗って伏せたマグカップが一つだけあります。

年収は300万円。作家を目指してブログを書きながら、婚活では「いい人だったけれど、何かが違った」という曖昧な理由で、何度もご縁が消えていきます。

誰かと比べなければ、それなりに穏やかな生活です。

お気に入りの化粧水を丁寧になじませ、スーパーで少し高い桃を一個買い、夜には好きなラジオを聴きます。

自分で選んだ部屋で、自分で稼いだお金を使い、自分の機嫌を自分で取っています。

それでも、友達の幸せが画面に出てきた瞬間、私の毎日は「まだ何も手に入れていない途中」に見えてしまうのです。

彼女が悪いわけではありません。

結婚できていない私が悪いわけでもありません。

それなのに、どちらかを悪者にしなければ、このざらついた気持ちを片づけられない気がしました。

だから最初は、自分を悪者にしました。

「友達の幸せを喜べないなんて最低」

「こんな性格だから結婚できない」

「人として余裕がない」

深夜になると、心の中の裁判官はやたらと働き者です。

昼間なら笑い飛ばせることまで証拠品として並べ、私に有罪判決を出します。

けれど、本当に苦しかったのは、彼女の結婚ではありませんでした。

彼女の幸せを見たことで、自分でも見ないふりをしていた寂しさが、急に形を持ってしまったことです。

「私も、誰かに選ばれたかった」

その一言を認めるのが、悔しくて仕方ありませんでした。

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ミュートは絶交ではなく、心に当てる小さな保冷剤でした

ミュートしてから数日間、私は驚くほど静かに過ごせました。

朝、目を覚ましてSNSを開いても、二人分の朝食は出てきません。

週末の予定を見せつけられたような気持ちにもなりません。

もちろん、彼女は私に何も見せつけていません。勝手に見て、勝手に比べ、勝手に傷ついていたのは私です。

だからこそ、見る量を自分で調整する必要がありました。

人間関係というと、「きちんと話し合う」「本音を伝える」「相手を理解する」といった立派な答えが並びます。

でも、すべての気持ちを今すぐ言葉にしなくてもいいと思うのです。

「あなたの幸せを見ると、自分の独身がつらくなります」

そんな本音を正直に伝えたところで、彼女を困らせてしまうだけかもしれません。

本音は、いつでも相手に手渡せばいいものではありません。

まだ熱すぎる本音は、自分の中で少し冷ましてから出したほうがいいこともあります。

私はミュートを、絶交のボタンだと思っていました。

けれど、実際には心に当てる保冷剤のようなものでした。

腫れている場所を守り、触れられても痛くないところまで回復するための、一時的な処置でした。

SNSとの付き合い方をめぐっては、「関係性によっては友人の投稿を見なくてもいい」という考え方も紹介されています。また、全国調査ではSNS利用と幸福度の間にプラスの関係も報告されており、SNSそのものを善悪で決めるより、自分に合う距離を選ぶことが大切なのだと思います。

友達の投稿を見ないことと、友達を大切に思っていないことは、同じではありません。

すぐ返信できないことと、関係を終わらせたいことも、同じではありません。

会わない時間があることと、友情が消えたことも、同じではありません。

30代になると、友達との間に見えない段差が増えます。

結婚した人。

離婚した人。

子どもを望む人。

子どもを持たないと決めた人。

仕事で昇進した人。

体調を崩して休んでいる人。

親の介護が始まった人。

婚活を頑張っている人。

もう婚活の話すらしたくない人。

同じ教室で同じ制服を着ていた頃とは違い、今はそれぞれが別の季節を生きています。

こちらは大雨なのに、相手は快晴かもしれません。

相手が凍える冬にいるとき、こちらは春の花束を抱えているかもしれません。

だから、同じ温度で話せない時期があるのは当然です。

近年、30代女性の友人関係は、仕事・結婚・出産などの環境変化によって距離感が変わりやすいと語られています。実際、独身女性からは、周囲の結婚や出産に焦りを感じながらも、一人の気楽さを手放したくないという複雑な相談も寄せられています。

私は、友達の幸せを喜びたい気持ちと、今は見たくない気持ちを、無理にどちらか一つに決めなくていいことにしました。

人の心は、そんなに整理された引き出しではありません。

「うれしい」の隣に「寂しい」が入っている日もあります。

「大好き」のすぐ後ろに「少し離れたい」が隠れていることもあります。

矛盾しているから嘘なのではありません。

矛盾するほど、その人との関係が自分にとって大切だったのだと思います。

夏の土用は、季節が次へ移る前の調整期間ともいわれます。

人間関係にも、そんな土用があっていいのかもしれません。

無理に動かず、結論も出さず、少し距離を置いて体力を戻す時期です。

友情を続けるか終わらせるかという大きな決断ではなく、今日はただ画面を閉じて、冷たい麦茶を飲む。

そのくらいの小さな選択で、自分を守れる夜もあります。

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ミュートを外した夜、友達から届いた意外な告白

それから一か月ほどたった頃、彼女から連絡が来ました。

「久しぶりに二人でごはんに行かない?」

私は少し迷いました。

新婚生活の話を聞いて、また落ち込むかもしれません。

でも、画面越しではなく、本人の顔を見たい気持ちもありました。

待ち合わせ場所に現れた彼女は、SNSの写真よりずっと疲れた顔をしていました。

レストランに入り、料理を注文しても、いつものように話が弾みません。

私は結婚生活について何を聞けばいいのか分からず、彼女も私の婚活について触れませんでした。

気を使っているのが、お互いに丸見えでした。

沈黙に耐えられなくなった私は、テーブルの水滴を指でなぞりながら言いました。

「実はさ、結婚してから、あなたの投稿をしばらくミュートしてた」

口にした瞬間、心臓が大きく鳴りました。

嫌われるかもしれない。

嫉妬深いと思われるかもしれない。

彼女の表情を見るのが怖くて、私はグラスばかり見ていました。

すると彼女は、数秒黙ったあと、突然笑いました。

「私も、さくらの投稿をミュートしてたよ」

私は顔を上げました。

意味が分かりませんでした。

結婚して幸せな彼女が、なぜ私の投稿を見たくなかったのでしょう。

彼女は困ったように笑いながら話し始めました。

私が一人でカフェへ行った投稿。

平日の夜に映画を観た投稿。

気に入ったコスメを試した投稿。

ブログを書きながら、自分の夢を追いかけている投稿。

それを見るたびに、「私にはもう、こんな自由な時間はない」と思ってしまったそうです。

結婚式の準備で何度もケンカをし、家事の分担でもめ、義理の家族との付き合いにも疲れていたといいます。

幸せなはずなのに弱音を吐けば、ぜいたくだと言われそうで、誰にも話せなかったそうです。

だから彼女は、楽しそうに一人で生きている私を見て、苦しくなっていました。

私は、言葉が出ませんでした。

私が欲しくて仕方なかった彼女の人生を、彼女は少し窮屈に感じていました。

彼女がまぶしいと思っていた私の暮らしを、彼女はまぶしいと思っていました。

私たちはお互いに、相手の人生の明るい部分だけを見て、自分にはないものを数えていたのです。

二人とも、相手の幸せをミュートしていました。

嫌いだからではありません。

大切な友達の幸せに、自分の寂しさをぶつけたくなかったからです。

その夜、私たちは久しぶりに本当の話をしました。

彼女は夫とのケンカを話し、私は婚活で会った男性に突然連絡を断たれた話をしました。

「幸せそうでいいね」と言い合う代わりに、「実は、しんどかった」と言い合いました。

店を出ると、昼間の熱がまだアスファルトに残っていました。

明日は大暑です。暑さが最も厳しくなる季節ですが、桐の木はその頃、もう次の命につながる実を結び始めるそうです。

人間関係も、少し似ている気がします。

終わりそうに見える沈黙の中で、前とは違う関係が、静かに育っていることがあります。

ずっと近くにいることだけが、友情ではありません。

何でも話すことだけが、信頼でもありません。

見たくないときには見ない。

話せないときには黙る。

戻りたくなったときに、「久しぶり」と言ってみる。

大人の友情は、そんな不完全さに耐えられる関係なのかもしれません。

私は帰宅してから、彼女のミュートを外しました。

けれど、もう二度とミュートしないと誓ったわけではありません。

また苦しくなったら、私は画面を閉じると思います。

彼女も、私の投稿を見たくない日があるでしょう。

それでいいのです。

友情とは、相手のすべてを見続けることではありません。

見ていなかった時間があっても、もう一度顔を上げたときに話せることです。

誰かの幸せを見て苦しくなった夜、自分を性格の悪い人間だと決めつけなくて大丈夫です。

それは、相手を嫌っている証拠ではありません。

あなたの中にも、まだ言葉にできない願いがあるということです。

嫉妬は、心の汚れではありません。

本当は何が欲しかったのかを教えてくれる、少し不器用な通知です。

通知は、今すぐ開かなくてもかまいません。

今夜はミュートして、眠ってください。

友情より先に、自分の心を守っていいのです。

不思議なことに、自分を守れるようになって初めて、人の幸せを、幸せとして見られる日が来ます。

たぶん友情は、切れない糸ではありません。

何度ほどけても、また結び直せる糸なのです。

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参考サイト

ミュートの夜、祝福の影

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