値札のない買い物が、いちばん怖い

今朝は、カーテンの隙間から差し込む光がやけに白くて、まだ冬の終わりのくせに「春の気配だけは先に来たね」と部屋の空気が言っているみたいだった。
電気ケトルが沸くまでの数分、私は洗い物の残骸を眺めながら、昨日の自分が置いていった“生活の雑さ”をそっと回収する。こういう小さな整頓ができた日は、なぜか心まで少しだけ大人になれた気がして、でも次の日には普通に散らかすのに、今日だけは妙に丁寧にやってしまう。
スマホを見たら、会社のグループチャットに新しい通知が一件。「来月、結婚することになりました。式は家族だけで…」という、同僚からの報告だった。おめでとう、のスタンプがすでにたくさん並んでいて、私はその列に遅れて参加するみたいに、少しだけ指先がためらった。
嬉しい。ちゃんと嬉しい。なのに、私の胸の奥では別のものが小さく鳴っていた。祝福の気持ちの裏に、よくわからない緊張みたいなものが混ざっていて、それが何なのかを当てるのが怖い。たぶん私は、結婚式そのものよりも、「結婚式を決める過程」に、昔からぼんやりした恐怖がある。
小さい出来事は、たったそれだけ。グループチャットの一通の報告。けれど、その一通のせいで、通勤電車の中で私はずっと“値札のない買い物”のことを考えてしまった。
式場探しって、何を基準に決めるの? どこからが「相場」で、どこからが「言い値」なの? そして一番いやなのが、楽しむはずの話なのに、途中から「うまくやらなきゃ」「損したくない」「後悔したくない」に侵食されていく感じ。わかる…って言いながら、たぶんみんな黙って飲み込んでるやつ。
私は恋愛の焦りの話をしたいわけじゃなくて、今日はもう少し別のことを書きたい。
“選ぶ”って、自由のはずなのに、どうしてこんなにしんどいのだろう、という感情について。今日は「決めることへの怖さ」と「価格の見えなさに対する不信感」を主軸にして書く。
私は普段、買い物はわりと即決できるタイプだ。スーパーで卵を選ぶときも、ネットで服を買うときも、だいたいは「これでいい」で決められる。なのに結婚式だけは、“これでいい”のラインが見えない。大きい買い物だから、という単純な話だけじゃない気がする。
もしも、見学の帰り道で「今決めたら安い」が来たら

花嫁の不安をトキハナツ式場紹介サービス「トキハナ」は、そういう不安の真ん中に、わりとストレートに踏み込んでくるサービスだと思う。
特徴として大きく出ているのが、「即決不要の最低価格保証」という言葉で、見学当日に“今日決めたら割引します”みたいな圧を受けなくても、最初から条件に合った割引や特典が適用された見積もりを提示する、という考え方らしい。
私はこの手のフレーズに、普段なら少し身構える。最低価格って、誰がどうやって確かめるの?って疑ってしまう。
だけど同時に、あの「今ここで決めるのが正解」みたいな空気を回避できるなら、それはそれで救われる人が多いのも想像できる。少なくとも、決断のタイミングを取り返せるだけで、心の消耗はだいぶ減る。
ここで今日の本音を言うと、私はたぶん「決められない自分」を責めたくないんだと思う。
誰かに急かされて決めて、後から「もっと見ておけば…」って自分にがっかりするのが嫌で、でも時間をかけすぎて「まだ決められないの?」って思われるのも怖い。決断のスピードが“人間力”みたいに扱われる場面、人生に多すぎない? そして結婚式は、その圧がやたら濃い。
トキハナは、LINEで相談しながら進められる導線が強くて、質問に答えるだけで見積もりの目安を知るページも用意されている。
これって結局、「相談していいんだよ」の許可証みたいなものでもある。誰にも聞けずにネットの口コミを夜中にスクロールし続けるあの時間を、少しだけ短くしてくれるかもしれない。
“持ち込み”って、自由の話に見えて、実は心の話

もうひとつ、トキハナが前面に出しているのが「持ち込み自由(持ち込み料0円)」という考え方だ。ドレスだけじゃなく、フラワーやヘアメイク、カメラマン、ムービーなど、いろいろなアイテムを自分たちで選べるようにして、持ち込み料の負担や制限で妥協しないでいい、という方向性。
これ、節約の話にも見えるけど、私はむしろ“主体性”の話だと思った。結婚式って、なぜか途中から「選ぶはずの私たち」が「用意されたものをうまく受け取る側」に回っていく瞬間がある。良い悪いじゃなくて、そういうシステムとして成立してるから。
でも持ち込みが自由だと、少なくとも「これは私が選んだ」と言えるパーツが増える。誰かの正解じゃなくて、自分の手触りが残る。
ただ、自由って、必ずしも楽じゃない。
選択肢が増えるほど、決める回数が増える。決める回数が増えるほど、責任が増える。私みたいに“責任の重さ”で胃がキュッとなるタイプには、自由は諸刃の剣でもある。
それでも、持ち込みの話を読んでいると、トキハナが言いたいのは「節約しよう」より、「遠慮しなくていい」のほうに近い気がした。
結婚式って、遠慮グセがある人ほど、後から静かに後悔しやすい。たぶん、みんなそれを薄々知ってる。
「元プランナーに聞く」って、贅沢じゃなくて保険かもしれない
トキハナは、元ウエディングプランナーが無料で相談に乗ること、見学予約や試着予約の代行、見積もり相談や予算シミュレーション、会場決定後のサポートまで掲げている。
私は“専門家に相談する”って、どこかで贅沢だと思い込んでいた。お金がある人がやること、みたいに。だけど式場選びって、情報の非対称性が大きい。向こうはプロで、こちらは基本的に初心者。
その差を埋める手段があるなら、それは贅沢じゃなくて、むしろ保険に近い。
今日、同僚の報告を見たときに胸の奥がざわついた理由が、やっと少し言葉になった。
私は結婚式が怖いんじゃなくて、「自分が無知なまま、大きな決断をすること」が怖いんだ。知らない世界に入ると、私は急に“いい子”になってしまう。
わからないから、相手の言うことを信じてしまう。信じたいけど、騙されたくない。
この矛盾って、情けないくらい日常でも起きてる。美容院で「このトリートメントおすすめです」って言われた瞬間、断れないのに、家に帰ってから検索して「高い…」ってなる、みたいな小さなやつ。結婚式はその巨大版だと思うと、そりゃ胃が痛くなる。
トキハナの記事の中には、交渉を頑張らなくてもお得になりやすい仕組みを説明するものもあって、少なくとも「交渉できる人が得をする」世界観から距離を取りたい意志は感じた。
私は交渉が苦手だ。というか、交渉の場面で急に自分の価値が試されている気がしてしまう。得したいんじゃなくて、ちゃんと納得したいだけなのに、なぜか“強い人”が勝つゲームに見えてしまう。
だから、「交渉しなくていい」と明言してくれるサービスは、私みたいな人間にとって、気持ちの摩耗を減らす装置になる。
— そして今日の、ささやかな変化 —
帰宅して、冷凍ごはんをレンチンして、味噌汁だけ作って、食べながらまた同僚の報告を見返した。私は「おめでとう」の返信をして、そのままスマホを閉じるつもりだったのに、ふと、トキハナのサイトを開いてしまった。
自分が結婚する予定なんて今のところない。なのに、見積もりのページを眺めたり、持ち込みの話を読んだり、相談できることの一覧を読んだりして、なぜか安心している自分がいた。
その瞬間、私はちょっとだけ恥ずかしくなった。
“未来のことを考える資格がない”みたいな感覚が、どこかにまだ残っている。実現していないものを調べると、欲張りに見える気がしてしまう。だけど本当は、私はただ「いざという時に慌てたくない」だけなのに。
準備って、夢見がちな行為じゃなくて、怖さを減らすための現実的な作業なんだ、と今日やっと思えた。
変化はたぶん、すごく小さい。
結婚式をしたいとか、したくないとか、そういう結論には何も到達していない。けれど「知らないから怖い」を、「調べたら少し落ち着く」に変換できたのは、私にとってはわりと大きい。
そして、怖さの正体が“価格の見えなさ”と“決断の圧”にあると気づけたのも、収穫だった。
もしあなたが今、式場探しや結婚式準備の入口で、情報の多さに溺れそうになっているなら、まずは「焦って決めなくていい」場所をひとつ持っておくのは、案外大事なのかもしれない。トキハナみたいに、元プランナーに聞けて、即決の圧を下げて、持ち込みの自由度も提示してくれるサービスは、その“逃げ場”として機能しそうだ。
私自身はまだ、未来の輪郭がはっきりしていない側の人間だけど、それでも今日、同僚の一通の報告にざわついた自分を、少しだけ許せた気がする。
ねえ、私たちはいつから「大事なことほど即決しなきゃ」って思い込むようになったんだろう。
本当は、決める前に“ちゃんと迷う時間”が必要なのに。






