SNS投稿が止まる罪悪感をAIに預けたら心が軽くなった話|TAGRUで自動運用という選択

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SNSを運用する女性
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SNS自動運用をAIで自動化。運用から分析までの自動化を行うなら【TAGRU(タグル)】

SNSを運用する女性

今朝、出勤前にやかんを火にかけたまま、スマホを握ってぼーっとしていました。


通知欄に並ぶのは、友達の「ストーリー更新しました」と、仕事のチャットと、あと“投稿しなきゃ”っていう自分の焦りみたいなやつ。部屋の空気は乾燥していて、加湿器の水が切れてるのに気づいてるのに、なぜかそれより「SNSの投稿が止まってる」のほうが気になってしまうの、ちょっと悔しい。

……私、SNSが嫌いなわけじゃないんです。


ただ、“発信する側”に回った瞬間から、生活の小さな出来事が「ネタ」になっていく感覚が、ときどき怖い。
それでも、発信が止まると止まるで、何か大事なものが目減りしていくような気がして落ち着かない。ほんと、面倒な性格。

そんな朝に、SNS運用をAIに任せて「運用から分析まで」まとめて自動化できるサービスとして【TAGRU(タグル)】を見つけました。戦略設計→投稿案作成→分析レポートまでを一括で回し、予約投稿にも対応している、という立ち位置。


しかも“まずは無料で試せるプランがある”って聞くと、ちょっとだけ身構えがほどける。フリー(無料)は月10回まで投稿枠があり、AIヒアリングや投稿案生成、週次分析レポートなど基本機能が使えるみたいです。

ただね、ここからが今日の私の話で。
「楽になるなら使えばいいじゃん」って単純に言えない“変な引っかかり”が、今日の主役です。

今日の小さな出来事:投稿をサボったのに、なぜかホッとした

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昼休み、コンビニで温かいお茶を買って、会社のビルの影になるベンチでひと息つきました。
スマホを開くと、下書きに眠っていた投稿が目に入って、「あ、今日これ出せるじゃん」って一瞬思ったのに、そのまま画面を閉じたんです。

誰にも言ってない本音を言うと、
投稿しないことで、今日の自分が“ネタに回収されない”気がして、ホッとした。

たぶんこれ、私だけじゃないと思う。
“続けたい”と“食べられたくない”が同居する感じ。
「発信してるのに、発信に飲まれたくない」って、わりと矛盾の塊なんだけど、現実はだいたい矛盾でできてる。

TAGRUみたいな自動運用ツールを調べているのに、いざ自分の投稿となると指が止まる。
便利さは欲しい。だけど、自分の声が薄まるのは怖い。
この揺れが、今日の私の“違和感”でした。

TAGRUがやってくれることを、生活目線に翻訳してみる

TAGRUは「SNS運用が続かない現場をゼロに」という文脈で紹介されていて、戦略から投稿、分析までをAIが支える、という設計になっています。
“投稿作成にかかる時間が短縮できる”という話も出ていて、忙しい人ほど刺さりやすいと思う。

公式の料金ページを見ると、プランは大きくフリー/スタンダード/ビジネス。スタンダードは月額1,650円(税込)で、月100回の投稿枠、予約投稿、より高度な投稿案生成や分析レポートなどが含まれています。


「ランチ1〜2回分でSNSの重さが軽くなる」って考えると、現実的なラインに置いてある感じがします。

で、ここが私の生活目線ポイントなんだけど、
SNS運用って“投稿作る”だけじゃなくて、その前後が地味に疲れませんか。

  • 何を投稿すればいいか決める(ここで脳が溶ける)
  • トーンを揃える(ここで自分が分裂する)
  • 投稿後の反応を見る(ここで心がザワつく)
  • 数字を振り返る(ここで自己評価が始まる)

TAGRUは少なくとも「投稿案作成」だけじゃなく「週次の分析レポート」までをAIが担う設計なので、“反省会”を自分ひとりで抱えなくていい可能性がある。
この“反省会が孤独じゃなくなる”って、地味だけど大きい。

それでも私が気になったのは、「ラク」より「声の保存」だった

SNSを運用する

正直、SNSの自動化って「時短!」で語られがちだし、それも真実だと思う。
でも今日の私は、時短より先に、別の感情が出てきた。

「AIに任せたら、私の声はどこまで私なんだろう」って。

たとえば、TAGRUにはAIヒアリング機能があって、それに答えることで投稿案が出る流れが用意されているみたいです。
これ、すごく良い。ちゃんと“自分の情報”を渡してから作る形だから、ただのテンプレ投稿よりずっと事故りにくいと思う。

でも同時に、私は今日、ベンチで投稿を閉じた。
「自分の出来事がネタになるのが怖い」とか言いながら、運用自体は回したいと思っている。
この矛盾を抱えたまま使うなら、たぶん私に必要なのは“ラクさ”じゃなくて、自分の声を削らずに残すための境界線なんだと思いました。

たとえば、こんな使い方なら、私でも心がザワつきにくいかもしれない。

  • 投稿案はAIに出してもらうけど、最後の一文だけは絶対に自分で書く
  • 数字の分析(週次レポート)はAIに任せて、感情の反省会はしない
  • 予約投稿を使って「生活の中でSNSを考える時間」を減らす(SNSのために生活を動かさない)

便利さって、使い方を雑にすると“侵食”になるけど、丁寧に使うと“余白”になるんだな、と。

そして、今日の「わかる…」を置いておきます。
がんばって続けたいのに、続けるほど自分が薄くなる気がして怖い日、ある。

TAGRUは「続けられない自分を責めるのを終わりにしよう」という文脈で語られていました。
たしかに、責めるより、仕組みに渡す。
ただ私の場合は、“責めない”と同じくらい、“自分の声を守る”もセットにしたい。

今日は投稿しなかった。
それなのに、心は少し軽かった。
この軽さを、逃げじゃなくて、生活の整え方として扱えるようになったら——たぶん私は、SNSとももう少しまともに付き合えるのかもしれない。

ねえ、あなたはどうですか。
発信を「続けたい気持ち」と、発信に「食べられたくない気持ち」、どっちが今、強いですか。

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