朝の機嫌を体のせいにしなくなった日、寝返りしやすい高反発まくらモットンが静かに変えたもの

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眠る女性
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自然な寝返りをサポートする【高反発まくらモットン】

眠る女性

今朝は、カーテンの隙間から入ってくる光がやけに白くて、冬の朝ってこういう「起きる前から現実が明るい」感じがするな、って布団の中で目だけ開けた。部屋は暖房のタイマーが切れていて、空気がすこし硬い。スマホを手に取るのも億劫で、指先が冷たいまま、枕の脇に置いたままの加湿器の水の減り具合をぼんやり眺めた。

寝起きの私はいつも、気合いとか目標とかより先に「体のどこが重いか」を確認するみたいなところがあって、今日は首の付け根が、うっすら引っかかる。痛いほどじゃないけど、静かに不機嫌。こういう日は、気分まで理由もなく遅れてくる。起き上がるまでは何も決めたくないのに、頭の中だけが先回りして、仕事の段取りとか、返していない連絡とか、今年の目標とか、勝手に棚卸しを始める。

寝返りの回数が多かったのか、布団が少しよれていて、シーツのシワがやけに現実的だった。誰に見せるわけでもないのに、生活の乱れがシワに出るの、妙に刺さる。きっと私は「ちゃんとしてるふり」をする前に、こういう小さな証拠品にいちいち目が止まるタイプなんだと思う。

朝の空気に追い立てられるように寝返りを打って、枕に頬を預け直したとき、ふと「あ、今日はいつもよりスムーズに首が回るかも」と思った。こういう感覚って、派手じゃないから見逃しがちだけど、あとで振り返ると、意外と生活を変えてるのはこっちだったりする。


途中から枕の話に入っていくけれど、今日の主役は「睡眠の質が上がった!」みたいなキラキラした話じゃない。もっと地味で、もっと言いにくい。私は最近、“起きた瞬間の自分の機嫌”を、寝具のせいにしたくなることが増えていた。

それってつまり、気分が沈む原因を、生活や心じゃなくて、物に押しつけたくなる瞬間があるってこと。言わなかったけど、私はそれを少し恥ずかしいと思っていた。


いつもの小さな出来事が、今日はやけに引っかかった

眠る女性

会社に向かう前、ゴミ出しのために玄関を開けたら、隣の部屋のドアが同じタイミングで開いて、住人の男性が出てきた。たぶん同じフロアに住んでいる人。顔は知ってるけど、名前は知らない。会釈の角度だけが、数か月分たまっている関係。

「おはようございます」って言えればいいのに、私の声は朝だとまだ起動しないことが多くて、今日も結局、会釈で終わった。彼も同じように会釈だけで、エレベーター前の数メートルを、ふたりで無言で歩いた。

それだけのことなのに、私はなぜか胸の奥がザラっとした。別に嫌な人じゃない。むしろ、嫌じゃないからこそ、こういう距離が続くのが気まずいのかもしれない。エレベーターが来るまでの数十秒、私は自分の手の中のゴミ袋を見つめながら、「いま私、ひどく小さな人間っぽい」って思ってしまった。

誰にも言わなかった本音がある。
「私、朝の自分の機嫌が悪いのを、誰かにバレたくない。」

きっと私は、会釈だけの自分が“感じ悪い人”に見えたんじゃないかって不安になったわけじゃなくて、もっとくだらないところで怖かった。朝って、目が腫れてたり、顔がむくんでたり、髪がうまくまとまらなかったり、とにかく余裕がない。その余裕のなさが、他人に触れた瞬間に外に漏れるのが嫌だった。

エレベーターの鏡に映る私の顔は、思ったより普通だった。でも、その「普通」すら、今日は信用できない感じがした。
こういう日、あるよね。自分が自分の味方じゃない朝。


体の不機嫌は、心の言い訳に使いやすい

結局、そのザラっとした感じを抱えたまま、駅まで歩いた。風が冷たくて、頬がきゅっと縮む。信号待ちで立ち止まったとき、首の付け根がまた少し引っかかって、「あーやっぱり今日ダメかも」と思ってしまった。痛みのせいで気分が暗い、って言えたら楽なのに、とも思った。

ここでまた、今日の本音。
「気分の悪さを、体のせいにできるときは、ちょっと安心する。」

我ながら嫌な本音だと思う。だけど、頭の中のモヤモヤを正面から扱うのって、時間も体力もいる。原因が心だと、整理しなきゃいけないし、向き合わなきゃいけないし、何なら“私の努力不足”みたいな方向にも転びやすい。だから私は、首のこりとか肩の重さとかを理由にして、「今日は機嫌悪くても仕方ない」っていう逃げ道を作りたくなる。

ただ今日、ひとつだけ違ったのは、その逃げ道がいつもほど強くなかったことだった。
今朝の寝返りの感覚が、少しだけ軽かったから。

最近使い始めた【高反発まくらモットン】は、私の中ではまだ“劇的に変えてくれるもの”っていうより、“小さく整えてくれる道具”という立ち位置にいる。沈み込みすぎないから、首が変に折れない。寝返りを打つときに、枕がぐにゃっと負けない。私は横向きで寝ることが多いから、こういう「支えてくれる硬さ」が地味に助かる。

でも、今日の気づきはそこじゃない。

枕が少し合うだけで、私は「気分の悪さを体のせいにする」逃げ道を、一個失ったみたいになった。
首が少し楽だと、「じゃあこのザラザラは何?」って、心の方が浮き上がってくる。

それが、ちょっと怖かった。
同時に、ちょっとだけ、面白かった。


“整う”って、前向きじゃなくても起きるんだと思った

眠る女性

帰宅して、夜。コンビニで買った温かいスープを飲みながら、ソファの端でぼんやりしていた。仕事帰りの足は重いし、今日の私は褒められるような一日を過ごしたわけでもない。むしろ、駅のホームで人にぶつかりそうになって、無駄にイライラしたり、メールの文面に迷い続けて返信が遅れたり、ずっと“自分の扱い方”が下手だった。

それでも、ふと気づいた。
今日は、朝のエレベーターのザラザラを、夜まで引きずらなかった。

それってたぶん、私が急に大人になったとか、気持ちの切り替えがうまくなったとかじゃない。もっと雑で、もっと現実的な理由。
朝、寝返りが打ちやすくて、首が少し楽だったから、余計な疲労が積もらなかった。だから夜の私は、朝の自分を責める元気が残っていなかった。責める元気がないって、実はすごく平和。

“整う”って、必ずしもポジティブな気持ちから生まれるものじゃないんだと思った。
やる気とか自己肯定感とか、そういう立派なものがなくても、体が少し楽なだけで、心が勝手に荒れにくくなる日がある。

そして、読者のあなたもきっと、こういう瞬間がある。
**「別に大事件じゃないのに、なんか今日はずっと引っかかってる」**っていう日。
たぶん私たちは、その引っかかりの正体を言語化できないまま、今日を過ごしてしまうことが多い。

【高反発まくらモットン】がしてくれたのは、“睡眠の革命”じゃない。
私の逃げ道を少しだけ減らして、心のザラザラを「体のせい」にしにくくしたこと。
それは優しさでもあるし、ちょっとした意地悪でもある。

でも、こういう意地悪がないと、私はずっと同じ場所でぐるぐるし続ける気がする。

寝具って、生活のなかで一番“自分にだけ見える道具”だと思う。誰に褒められるわけでもないし、SNSで映えるわけでもないし、買っても他人には気づかれない。でも、毎晩の自分には確実に触れる。だからこそ、ここが少し整うと、生活の見え方が静かに変わる。

今夜、私は枕に頭を置きながら、「明日の朝も会釈だけだったらどうしよう」と少しだけ思っている。
でも同時に、「まあ、声が出ない日もあるよね」とも思っている。これは前向きというより、諦めに近い優しさ。私はこの諦めを、もう少し上手に使っていきたい。

あなたは最近、朝の自分の機嫌を、何のせいにしたくなっていますか。
そして、その“せい”がひとつ減ったとき、残るのは何なんだろう。

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