暗証番号を入れても反応しない…宅配ロッカーが開かない原因と、連絡前に確認すること

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マンションの玄関と女性
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不在票の4桁が合わない夜、マンション宅配ロッカーで受け取りできない時の最初の一手

マンションの玄関と女性

夜の空気って、たまに“音が少ない”日がある。車の通る音も遠くて、となりの部屋の生活音も聞こえなくて、帰り道の足音だけがやけに自分のものとして響く日。


今日はまさにそれで、コンビニの明かりがやさしいというより眩しく感じて、私は少しだけ早足になった。仕事で大きな失敗をしたわけじゃない。誰かと揉めたわけでもない。なのに、胸の奥に薄い膜みたいな不安が張っていて、息を吸うたびにそれがぴんと伸びる感じがした。

一人暮らしって、気楽だ。
気楽なんだけど、こういう薄い膜が張った日に、誰にも見せない“焦り方”がある。私はその焦り方が、たぶんちょっと不格好で、そして自分で自分を追い込むのが上手すぎる。

帰宅して、ポストを開けたら不在票が入っていた。
通販で頼んだ日用品。重いものじゃないはずなのに、なぜか今日は「いま受け取りたい」という気持ちが強かった。部屋に入って、明かりをつけて、コートを脱いで、そのまままた玄関を出て、マンションの宅配ボックスへ向かった。
たった数分の移動なのに、私は“取り戻しに行く”みたいな気分だった。何を取り戻すのか自分でもわからないのに。

宅配ボックスの前には誰もいなかった。
静かで、機械のランプだけが点いている。私は不在票の番号を見て、暗証番号を入力して、ボタンを押した。
——開かない。

もう一回。
——開かない。

三回目。
——開かない。

その瞬間、胸の薄い膜が、急に破れて、代わりに熱い焦りが広がった。別に、開かなかっただけ。明日再配達にすればいいだけ。なのに、私は一気に手汗が出て、指先が震えて、「やばい、間違えた、どうしよう」と、誰にも聞かれていないのに心の中で騒ぎ始めた。

「わかる…」ってやつ、こういう瞬間にこそ潜んでる。
大事件じゃないのに、なぜか心だけが置いていかれそうになる瞬間。

そのとき心の中で浮かんだ、誰にも言わなかった本音

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「私って、ほんとに何もできない」
ほんとはこれが最初に出てきた言葉だった。宅配ボックスが開かないだけで、自分の能力全体を否定しにいく。
うっかりがあっただけなのに、私はいつも“人格の問題”にしてしまう。


たぶん、誰かの前ではこういう言葉を使わない。使ったら面倒くさい空気になるのがわかってるから。だからこそ、ひとりのときにだけ、自分にだけ、平気でひどい言葉を投げる。

それに今日は、なぜか“見られている感覚”があった。
背後に誰かがいるわけじゃないのに、「宅配ボックスすら開けられない女」みたいにラベリングされてる気がして、勝手に恥ずかしくなった。


マンションのエントランスって、誰もいないのに、いつも少しだけ公共の場所で、私はその曖昧な境界が苦手だ。

宅配ボックスの前で立ち尽くしていた数分の間、私の中ではいろんな映像が勝手に流れていた。
たとえば、昔バイト先でレジの操作を間違えて、後ろに列ができて、手が震えて、顔が熱くなって、「すみません」を連呼したあの感じ。


たとえば、会社でちょっとした確認を後回しにして、結果的に二度手間になって、「なんで最初に聞かなかったの?」って自分に言いたくなる感じ。
たとえば、友達の誘いを“忙しいふり”で断ったあとに、ひとりで布団に潜り込んで、結局スマホを眺めて終わる夜。
どれも大事件じゃない。でも、小さな“うまくいかなかった”が積み重なると、私は自分のことを信頼できなくなる。

それって、たぶん生活の話に見えるけど、実は人間関係の話でもある。
「間違える私」を見られたくないから、最初から人に頼らない。
頼らないから、ひとりで抱える。
抱えるから、疲れて、さらにミスが増える。
そしてまた「私って…」って言葉が出てくる。
わかってるのに、止められない。止めようとすると、別の形で出てくる。ほんと厄介。

宅配ボックスの横には、防犯カメラのステッカーが貼ってあった。
それを見た瞬間、私はさらに焦った。
「記録に残ってるのかな」「変な人だと思われるのかな」って。
たぶん、誰もそんなふうに見てない。見てないのに、私は“誰かの目”を勝手に呼び出して、自分を追い詰める。
人の目が怖いくせに、人の目を一番使って自分を責めるのは、自分自身だ。

結局、管理会社の連絡先を見て、電話しようとして、やめた。
夜だし、緊急でもないし、そもそも自分の入力が間違っているだけかもしれない。
その“かもしれない”の段階で、人に頼るのが苦手。
頼るのが苦手というより、「間違えた自分を見せたくない」が正しい。
誰にも怒られないのに、怒られる前提で動いてしまう。これも、私の癖。

私は不在票をもう一度見て、番号をなぞって、暗証番号をゆっくり打った。
それでも開かなくて、私はその場で、ふっと力が抜けた。
なんだ、今日はダメな日だった。それだけ。
そう思ったとき、急に涙が出そうになって、慌てて目を瞬きした。泣くほどのことじゃない。泣くほどのことじゃないのに、泣きそうになる。
こういう瞬間があるから、私は“元気?”って聞かれるのが苦手なのかもしれない。

部屋に戻って、靴を脱いで、リビングの床に座った。
椅子に座る気力がないとき、床は正直だ。冷たいし、固いし、「大丈夫じゃない」を誤魔化しにくい。
私はしばらく、スマホを見たまま動かなかった。通知は来る。SNSには誰かの楽しそうな写真。仕事ができる人の言葉。丁寧なごはん。整った部屋。
それらが悪いわけじゃないのに、今日の私は、それらを見ているだけで、どんどん小さくなった。

少し落ち着いてから、私は台所でお湯を沸かして、マグカップに白湯を入れた。
白湯って、特別なことをしてる感じがするわりに、やってることは“お湯を飲む”だけで、そういうズルさが好きだ。
湯気を眺めながら、私はふと思った。
私が焦ったのは、宅配ボックスが開かなかったからじゃない。
「開けられない私」に、勝手に意味を乗せたからだ。

開かない=私はダメ、みたいに。
間違えた=私は信用できない、みたいに。
たった一つの出来事から、今までの自分の不安を全部引っ張り出して、証拠みたいに並べてしまう。
その癖が、今日の私を一番疲れさせていた。

ここで、妙な違和感が生まれた。
“ダメだ”って思うなら、もっと丁寧に自分を扱えばいいのに、私は逆に雑に扱う。
自分を雑に扱うと、ますますダメになるのに、それでも雑にする。
そのループの中にいるとき、私はたぶん、他人に優しくする余裕も消える。
宅配ボックスひとつで、世界が狭くなる。

でも、答えは出し切りたくない。
私はまだ、どうしたらこの癖が直るのか、わからない。
ただ今日、ひとつだけわかったのは、焦りが出たときの私の言葉が、あまりにも厳しいということ。
“誰にも言わない本音”が、一番私を傷つけているということ。

明日、再配達を頼むだけで、荷物は届く。
それで一件落着。
きっと世の中は、そういうふうにできている。
でも私は、今日の私の焦りが、どこから来たのかを、もう少しだけ見てみたい。
答えを出さなくてもいいから、せめて「焦ったね」って自分に言って、罰じゃなくて実況にしてみたい。

それができたら、たぶん次に同じことが起きても、私は“人格否定”に飛びつかないで済むかもしれない。
もしそれでも飛びついたとしても、「またやってる」って気づけるかもしれない。
そのくらいの、気づき未満。今日は、それで十分な気がする。

あなたにも、誰にも見せていない“焦り方”って、ありますか。

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