仕事では評価されるのに、好きな人の前だと急に自信が消える夜のこと

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仕事はできるのに、恋愛だけポンコツになる現象

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駅前の小さなカフェは、夕方になると空気がミルクティーみたいにぬるくなる。外は冷たいのに、店内だけが「おつかれ」の湯気で満ちていて、コートの袖口から入ってきた冷気が、ここにいるあいだにほどけていく。私は窓際の席で、ノートPCの画面を閉じたところだった。今日の会議は、想像以上にうまくいった。指摘も、調整も、提案も、ちゃんと自分の言葉で言えた。上司の「助かった」の一言で、胸の奥の小さな毛布がふわっと膨らんだ気さえした。

なのに、その毛布は、スマホを持った瞬間にしぼむ。
通知はひとつ。マッチングアプリで知り合った人からの返信。「忙しそうだね。無理しないでね」。たったそれだけの文なのに、私はなぜか、手が止まる。仕事のSlackなら、似たような気遣いには絵文字で返して、そのまま次のタスクに流せるのに。恋愛のやり取りだと、「なんて返したら正解?」って、正解探しの迷子になる。急に、ふだんの自分が不器用な着ぐるみを着せられたみたいになる。

たぶん私は、“仕事ができる自分”には慣れている。慣れるほど繰り返してきた。資料を作って、話して、修正して、謝って、また提案して。できた/できなかったの判定も、なんとなく見えやすい。期限があって、役割があって、正しさの目盛りがある。少なくとも、努力の方向がわかる。

でも恋愛って、目盛りがない。期限も、役割も、曖昧だ。むしろ曖昧さそのものが前提で、「空気を読んで」「察して」「でも言いすぎないで」「距離感を間違えないで」みたいな、正解のないテストが続く。私はテストに強いタイプのはずなのに、恋愛のテストだけは、出題範囲が毎回変わる。

こういうとき、私は自分を“ポンコツ”って呼んで笑いにしたくなる。自分を下げておけば、傷は浅い気がするから。だけど本当は、笑いに変換する前のところで、ちゃんと痛い。仕事で褒められた日は特に痛い。「できる人」っていうラベルが、恋愛の場面では急に剥がれ落ちて、素の自分がむき出しになる感じがする。まるで、会社のIDカードはここでは使えませんって言われるみたいに。

恋愛だけポンコツになる理由を、少しだけ調べた

少し真面目な話をすると、自己効力感(自分はできる、という感覚)は“領域ごと”に違うことがある、と言われている。勉強は得意でも運動は苦手、みたいな、あの当たり前の差。学習や仕事などの場面での自己効力感が、別の場面の行動や自己調整と結びついて議論されている研究もある。

つまり、仕事で「できる」を積み上げても、恋愛で「できる」が自動で増えるとは限らない。恋愛は恋愛の、別のスキルがいる。別の恐怖がいる。別の失敗がいる。そう思うと少し救われる。自分が二重人格みたいに壊れているわけじゃなくて、ただ、フィールドが違うだけ。

でも、救われたのは一瞬で、すぐに別の感情が出てくる。
「じゃあ、私は恋愛のフィールドで、ずっと初心者のままなの?」
その問いが、喉の奥に小さく引っかかる。

恋愛の場面での私は、相手の言葉そのものより、自分の反応に慌てることが多い。
「今の返事、重くない?」
「既読をつけたら、すぐ返すべき?」
「絵文字は多いと軽い?少ないと冷たい?」
こういう細かい迷いが、仕事ではほとんど起きない。仕事なら、“目的”が決まっているからだと思う。要件を満たす。誤解を減らす。期限を守る。目的があると、言葉を選ぶ基準ができる。

恋愛では、目的がぼやける。相手にどう見られたいのか、自分が何を望んでいるのか、そもそも私はこの人を好きなのか、好きって何なのか。そこから揺れる。揺れると、言葉は武器にも、地雷にも見えてくる。だから私は、無難な返事を探す。「ありがとう」だけで終わらせる。かわいいスタンプで濁す。どれも間違いではないのに、どれも“私の本音”じゃない気がして、送信ボタンの上で指が固まる。

たぶん私は、恋愛において「失敗したくない」気持ちが強すぎる。
仕事は失敗しても、修正できる。謝れる。次に活かせる。プロセスがある。恋愛は、失敗した瞬間に「あなたはナシ」と判断される気がしてしまう。実際はそんな単純じゃないのに、脳が勝手に極端な結論を作る。怖いのは、相手に嫌われること以上に、「嫌われる私」を見たくないことかもしれない。

愛着理論の研究では、親密さに対する不安(見捨てられ不安)や、逆に近づきすぎることへの回避が、ストレス場面での感情調整や行動に影響する、と論じられている。
こういう言葉を読むと、私は少しだけ、自分の癖に名前がついた気がする。名前がつくと、「治すべき欠陥」みたいな響きもある。でも同時に、「ただの癖かもしれない」と思える。癖なら、気づける。気づけたら、少しだけ選び直せる。

仕事の私は、鎧を着るのが上手い

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職場の私は、鎧の着方を知っている。
声のトーン。言い切る語尾。笑い方。相槌のタイミング。自分が安心できる距離。これまでの経験で身につけた“社会の装備”がある。それは悪いことじゃない。鎧があるから、私は今日も働けた。鎧があるから、私は私の生活を守れている。

でも恋愛は、鎧のままではうまくいかないことが多い。
鎧は強いけれど、触れ合えない。相手の温度がわからない。自分の温度も、伝わらない。恋愛はたぶん、鎧を脱いだ肌でやり取りするゲームで、私はそのルールに慣れていない。慣れていないから、痛みが怖い。怖いから、鎧を脱ぐ練習をしない。練習しないから、ずっと初心者のまま。わかりやすい悪循環。

今日だってそう。会議の私は、言葉を武器にして勝てた。カフェの私は、その武器が急に重くなる。返信の一文を書くだけで、心拍が上がる。仕事でのプレゼンより緊張している自分が、ちょっと情けなくて、ちょっと愛おしい。愛おしい、というのは嘘かもしれない。まだそこまで優しくできていない。

それに、仕事ができる人ほど、恋愛でポンコツになりやすい…という話を、どこかで聞いた気がする。理由はいろいろ言える。仕事で“正解を出す筋肉”が強いほど、答えのない場で空回りする。評価される世界に長くいるほど、評価されない関係が不安になる。自分の価値を成果で測ってきたほど、愛される理由がわからなくなる。どれも、私には当てはまっていて、当てはまりすぎて笑える。

でも、笑えない夜もある。
「私は仕事の自分が好き。でも恋愛の自分は嫌い」
そうやって分断したくなる夜。

恋愛がうまくいかないとき、私は仕事を頑張りたくなる。頑張れる場所があるのは救いだ。だけど、頑張りが“逃げ”に変わる瞬間もある。連絡が途切れた日、私はタスクを詰め込んで、予定を埋めて、「私は忙しいから平気」って顔をした。平気な顔は、案外うまい。上手いから、ますます誰も気づかない。

恋愛で傷つくと、仕事の評価はより甘い蜜になる。成果が出ると、世界が私を肯定してくれる気がする。でもその肯定は、胸の奥の穴を完全には埋めない。むしろ、穴の形がはっきりする。仕事の私は“誰かの役に立つ私”。恋愛で欲しいのは、“ただそこにいていい私”。役に立たなくても、成果がなくても、いい私。そんなの、図々しいのかな、と一瞬思ってしまうあたりが、もう恋愛ポンコツのにおいがする。

スマホの画面を見つめながら、私はようやく短い返信を書いた。
「ありがとう。今日はちょっと達成感あったよ。あなたはどんな一日だった?」
たった二文。仕事のメールなら秒で書ける量。でも恋愛の二文は、私の体温が乗る分だけ、重い。重いのが怖くて、軽くしようとして、でも軽すぎると自分が消える気がして、その間で揺れる。

送信して、スマホを伏せた。
カフェのスピーカーから、冬っぽいポップスが流れている。隣の席のカップルが、同じパフェをつつき合って笑っている。私はそれを、羨ましいとも、羨ましくないとも言い切れない。ただ、眩しい。眩しさは、嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、目を細めてしまう。

帰り道、駅のホームで風が強くて、髪が頬に張りついた。私はマフラーの中で、自分に問いかける。
仕事の私は、育ててきた。失敗しても、またやって、覚えて、少しずつ強くなった。
じゃあ、恋愛の私は?
失敗したくなくて、恥をかきたくなくて、最初から完璧な大人でいたくて、結局、育てる前に引っ込めてしまう。初心者のままにしておいて、「ポンコツ」って呼んで、笑って終わらせる。そうやって守ってきたのは、私のプライドなのか、心なのか、どっちなんだろう。

恋愛がうまくいかないのは、性格の欠陥じゃなくて、経験の不足かもしれない。
でも経験を積むには、傷つく覚悟がいる。
覚悟をするには、傷ついた自分を抱える体力がいる。
体力をつけるには、たぶん日々の生活の余白がいる。
余白をつくるには、私は仕事を少し手放す必要があるのかもしれない。
そう考えると、結局ぜんぶ繋がっていて、ため息が出る。繋がっているのが救いでもあり、面倒でもある。

ホームに電車が滑り込む。ドアが開く。人の流れに押されながら、私はまたスマホを見る。返信はまだ来ていない。来ていないことに、少しホッとして、少し寂しい。こういう矛盾が、恋愛の私を一番ポンコツにする。

私は今日も、仕事はできた。
恋愛は、できたのかできてないのか、わからない。
わからないまま、電車の窓に映った自分の顔を見て、ふと思う。

“できる”って、誰のための言葉なんだろう。
恋愛では、できない私にも、居場所はあるんだろうか。

答えは出ないまま、電車はトンネルに入って、窓がいっそう黒くなった。

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